ブドウ畑と巨石が織りなす「まほろば」の逆襲──2026年、山形・高畠町が世界の美食家と旅人を引き寄せる理由
高畠 町──山形盆地の南端、奥羽山脈の穏やかな裾野に抱かれたこの地を訪れると、心地よい土の匂いと果実の香りが鼻腔をくすぐる。2026年の初夏、早朝の霧が晴れ上がるブドウ畑には、剪定ばさみを手にした若い栽培者たちの姿があった。昭和の面影を色濃く残す凝灰岩の石切場跡と、先鋭的なナチュラルワインの醸造所。一見すると対極にある要素が、ここでは不思議なほど自然に呼吸を合わせている。単なるのどかな田舎ではない。自らの文化と風土に確固たる矜持を持つ町特有の、凛とした空気がそこには流れていた。
新幹線のホームに降り立つやいなや、駅舎内に併設された温泉から立ち上る湯けむりに迎えられる。東京から「つばさ」に揺られて2時間少々。改札を出て車を走らせれば、古民家を改装した現代的なロースタリーや、代々受け継がれてきた有機農園がパッチワークのように連なる。ここ数年、食と循環型ライフスタイルのフロンティアとして熱い視線を集める高畠 町は、大都市の画一的な日々に慣れた旅人の先入観を、鮮やかに覆していく。
世界が認めるテロワール:日本ワインのフロントランナーが挑む新境地
「高畠のシャルドネを飲めば、日本の白ワインの現在地がわかる」──。国内外のソムリエたちの間で、そんな言葉が囁かれて久しい。すり鉢状の盆地がもたらす極端な寒暖差と、ミネラル分を豊富に含んだ粘土質土壌。ブドウ栽培にとって過酷とも思えるこの環境こそが、凝縮感のある果実味と鋭くもエレガントな酸味を育む源泉だ。
2026年を迎えた今、町内のワイン造りはさらに独自の進化を遂げている。黎明期から牽引してきた大規模ワイナリーが国際コンクールで最高賞を総なめにする傍ら、マイクロワイナリーによる無濾過・低介入のワイン造りも活況を呈する。畑ごとに異なる土壌の個性をボトルに封じ込める試みは、もはや欧州の模倣ではない。東アジアの気候風土を受け止め、土着酵母とともに醸す。グラスに注がれる黄金色の液体には、この地の四季の厳しさと恵みが濃密に凝縮されている。
「泣いた赤おに」の精神が宿る里:浜田広介の童話と共生の美学
広大な田園地帯の片隅に佇むと、どこか心の奥が温かくなる瞬間がある。この町は、「日本のアンデルセン」と称された童話作家・浜田広介が生まれ育った地だ。代表作『泣いた赤おに』で描かれた、他者を思いやり、己を犠牲にしてでも誰かと繋がりたいと願う赤鬼と青鬼の物語。その精神は、記念館の展示物の中だけに留まっていない。
地元の人々と交わす何気ない会話の端々に、旅人を客ではなく隣人として迎え入れる温もりがある。「お茶でも飲んでいがい」と差し出される漬物と淹れたてのお茶。見返りを求めない優しさは、広介がペンを走らせていた大正・昭和の時代から脈々と受け継がれてきたものだ。効率性と利便性が極限まで追求される時代だからこそ、この町に息づく素朴な他者愛は、訪れる者の疲れた神経を解きほぐしていく。
凝灰岩が生んだ異次元の景観:高畠石の記憶と廃線跡のモダン再生
山肌に突然現れる、巨大な石の神殿のような空間。かつて建材として重宝された「高畠石」の採掘場跡だ。淡い黄色を帯びた多孔質の凝灰岩は、加工のしやすさと耐火性の高さから、蔵や塀、駅舎に至るまで町の至る所で使われてきた。ノミの跡が生々しく刻まれた巨大な岩壁の前に立つと、冷涼な空気が肌を撫で、まるで外界から隔絶された太古の遺跡に迷い込んだかのような錯覚に陥る。
現在、この石の遺産は単なる歴史の遺物ではなく、カルチャーの発信拠点として息を吹き返している。採石場跡の洞窟で開催されるアンビエント音楽のライブや、天然のセラーとして活用されるワインの熟成庫。さらに、かつて石材を運んだ旧高畠鉄道の廃線跡は「まほろば緑道」として整備され、四季折々の桜や紅葉のトンネルを駆け抜けるサイクリストたちの憩いの場となった。産業の痕跡を無理に消し去るのではなく、時を重ねた傷跡ごと愛でる美意識がそこにある。
半世紀の土づくりが結実:有機農業のパイオニアが拓く「持続可能な食卓」
高畠を語る上で欠かせないのが、全国に先駆けて展開された有機農業の歴史だ。農薬や化学肥料の多用が当たり前だった1970年代、この地の先人たちは「いのちを育む土」を取り戻すための闘いを始めた。周囲からの冷笑を浴びながらも土壌微生物の声に耳を傾け、試行錯誤を繰り返した歴史は、映画や書籍を通じて全国に知られるところとなった。
そのパイオニア精神は、半世紀を経て次世代のファーマーたちにしっかりと手渡されている。現在、町内の直売所やレストランに並ぶ野菜は、どれも力強い生命力に満ちている。生でかじったニンジンから弾け出る野性味あふれる甘み。噛みしめるほどに旨味が広がる有機米「つや姫」や「雪若丸」。2026年の今日、世界中が持続可能性を叫ぶずっと前から、高畠は大地と共に生きるサイクルを淡々と、愚直に回し続けてきた。
駅に温泉、集落にコワーキング:2026年型の多拠点ワーカーが選ぶ理由
高畠駅の改札をくぐり、階段を数段下りればそこはもう大浴場「太陽館」の暖簾だ。通勤通学の合間に地元民が桶の音を響かせ、出張帰りのビジネスパーソンが新幹線の待ち時間に湯に浸かる。この日常と非日常の境目のなさが、都市部で暮らすリモートワーカーたちを惹きつけてやまない。
歴史ある蔵をリノベーションしたサテライトオフィスには、光ファイバー網と挽きたてのスペシャルティコーヒーが完備されている。午前中はオンラインで東京や海外のプロジェクトを動かし、昼休みには地元野菜をふんだんに使った定食を味わう。夕暮れ時にはブドウ畑を茜色に染める夕日を眺めながら散策する。過疎化に抗うための無理な誘致ではなく、町が本来持っている豊かな生活リズムそのものが、クリエイティブな層を自然と引き寄せているのだ。
まほろばの風に吹かれて:ただ通り過ぎるだけでは見えない、日常の豊かさへ
「まほろば」──古事記にも記された、四方を山に囲まれた美しい場所を意味する言葉。かつて英国の女性旅行家イザベラ・バードがこの盆地を「東洋のアルカディア(桃源郷)」と激賞した記録は有名だが、その美しさは今なお色褪せていない。観光バスで名所を駆け足で巡るだけでは、この町の真価には触れられないだろう。
自転車を借りて、地図を持たずにあぜ道を走ってみる。石垣の隙間に咲く野花や、水路を流れる清らかなせせらぎの音。ふと立ち寄った無人販売所に置かれた朝採れの果実。高畠の魅力は、派手なアトラクションの中ではなく、丁寧にいとなまれる日々の暮らしの隙間にこそ潜んでいる。立ち止まり、深呼吸をし、五感を澄ます。その贅沢を知ったとき、人は何度でもこの場所へ帰ってきたくなるのだ。 (出典: 高畠 町(Yahoo!ニュース))