2026年、なぜ私たちはこれほどまでにハノイの路地裏の一杯に惹かれるのか――熱狂が続く「本物の味」と知られざる南北の深淵
ベトナム フォーの湯気が、湿り気を帯びたハノイ旧市街の夜明けを白く染め上げる。まだ街燈が頼りなげに灯る午前5時半、低すぎるプラスチックの赤い椅子に腰を下ろすと、煮えたぎる牛骨の濃厚な匂いが鼻腔を突いた。大鍋の中で丸一日以上グラグラと揺れ続ける牛大腿骨、炙った生姜、そして黒く焦がした八角の影。すり減ったアルミのレンゲですする澄んだスープは、驚くほど尖ったところがなく、骨の髄の滋味だけが舌の上に静かに沈殿していく。2026年の今、世界中の美食家が最新のガストロノミーに飽き足らず、この素朴極まりない一杯のドンブリに回帰しているのは決して偶然ではない。
かつて旅人の手軽な胃袋の友、あるいはファストフードの亜種として片付けられていたベトナム フォーは、ここ数年で劇的な再評価の波にさらされている。洗練されたフレンチの技法と土着の知恵が交錯した歴史的背景、そして北と南でまったく異なる美学。東京や大阪のオフィス街でも今や本格的な専門店が林立しているが、現地の路地で漂うあの独特の油の匂いと、朝露に濡れたノコギリコリアンダーの青臭い刺激だけは、飛行機に乗って現地へ降り立たなければ決して味わえない魔力に満ちている。
ミシュラン旋風から3年、路地の名店が守り抜く「澄んだスープ」の正体
ハノイのフォーを語るとき、地元民が真っ先に口にするのは「ヌオック・ドゥン(出汁)」の透明度だ。濁らせてはならない。脂でごまかしてはならない。それが北部の揺るぎない掟である。
ミシュランガイドがベトナムに上陸してから数年が経ち、星やビブグルマンを獲得した店には連日観光客が押し寄せている。だが、バディン区の路地裏で半世紀近く寸胴鍋の前に立ち続ける老店主の仕込みを見れば、流行などどこ吹く風だ。牛骨を冷水で何度も洗い流し、血抜きを徹底する。沸騰させずに弱火でアクをすくい続けること十数時間。最後に加えるのはシナモンやカルダモン、そして塩だけ。余計な砂糖も化学調味料も寄せ付けないスープは、琥珀色に透き通り、一口飲むごとに体の芯がじんわりと温まる。
薄切りにした生の牛肉を麺の上に広げ、沸騰した熱湯のようなスープを一気に注ぐ。鮮やかな赤が淡い桜色へと変色する刹那、肉の甘みがスープへ溶け出す。レンゲを使わず、ドンブリに直接口をつけてすする。これこそが、ハノイっ子が何世代にもわたって受け継いできた至福の朝の儀式だ。
ハーブの森と甘み。南部サイゴン流が仕掛ける“混沌という名の調和”
飛行機で南へ2時間、熱気に満ちたホーチミン(サイゴン)へ降り立つと、フォーの表情は一変する。北部の禁欲的な美学とは対照的な、生命力あふれる祝祭のような一杯だ。
テーブルの上にドンと置かれるのは、麺の入ったドンブリよりも巨大なハーブの山。オリエンタルバジル、ノコギリコリアンダー、ミント、そして生のモヤシ。スープは牛テールや鶏ガラをベースに、氷砂糖やローストした玉ねぎの甘みが力強く前面に出ている。ここに客自らが黒い甜麺醤(トゥオンデン)や赤く辛いチリソース(トゥオンオット)を容赦なく絞り入れ、ライムを絞り、ハーブを手で豪快にちぎって押し込む。
「フォーを自分の味にするのは食べる側の権利だ」と、現地の常連客は笑う。甘味、辛味、酸味、そして強烈な青草の苦味。すべてが混ざり合い、熱いスープの中で複雑なハーモニーを奏で始める。洗練とは対極にあるこの雑多な生命力こそが、南部のフォーが持つ最大の毒気であり、中毒性の根源だ。
在来米「バオタイ」の危機と復活――麺の喉越しを巡る職人たちの静かな闘い
スープばかりが注目されがちなフォーだが、その主役が「米の麺(バインフォー)」であることは言うまでもない。だが近年、気候変動と農村の近代化によって、伝統的な麺作りは大きな転換点を迎えている。
極上のバインフォーを生み出すには、粘り気が少なく、しっかりとしたコシと米の香りを残す北部山岳地帯の在来米「バオタイ米」が不可欠とされてきた。しかし収穫量の低さから栽培を放棄する農家が相次ぎ、一時は工場で作られた乾麺に市場が席巻されかけた。これに危機感を抱いた若い料理人や職人たちが2020年代半ばから立ち上がり、在来米の契約栽培と手打ち麺の復権を進めている。
挽きたての米粉液を薄く蒸し上げ、天日で干してから包丁で一本ずつ切り分ける生麺。機械化された大量生産品にはない、舌の上を滑り落ちるような繊細な摩擦感と、噛み締めた瞬間にふわりと広がる新米の甘い残り香。いまハノイやダナンの気鋭の店では、この「原点の麺」を求めて朝から長蛇の列ができている。
東京・大阪の街角へ。日本で巻き起こる「現地回帰」という新たな波
日本のベトナム料理シーンも、ここ数年で完全にフェーズが変わった。かつてのように「日本人向けにパクチーを控えめにした優しい味」を求める声は急速に薄れ、むしろ「本地の荒々しさをそのまま持ってきてほしい」という熱狂的なファン層が市場を牽引している。
高田馬場や蒲田、大阪の西淀川といったベトナム人コミュニティが息づくエリアでは、看板に日本語すら併記されていないガチの専門店が連日賑わう。揚げパン(クワイ)をスープに浸して油を吸わせながら食べる北部の食べ方や、牛の脂身(ヌオックベオ)を別皿で注文してスープのコクを倍増させるディープな作法が、日本の若者の間でも当たり前のように浸透した。
現地の味を知る日本人が増えたことで、小手先のアレンジはもはや通用しない。牛骨をケチらず、現地のハーブを空輸し、現地の空気感ごと提供する――そんな骨太な店だけが、淘汰の激しい日本の外食シーンで確固たる地位を築き始めている。
1杯80円から1500円へ。インフレの荒波が突きつけるソウルフードの未来
だが、足元に目を向ければ、現地のフォーを取り巻く現実も決して呑気なものばかりではない。世界的な原材料費の高騰とベトナム国内の急激なインフレは、庶民の胃袋を直撃している。
かつて街角の天秤棒で1万5000ドン(約90円)で食べられた時代は遠い過去となった。今やハノイ中心部の著名店では一杯6万から8万ドンが相場となり、エアコンの効いたモダンな専門店では15万ドン(約900円)を超えるプレミアムな一杯も珍しくない。日本国内の店舗に至っては、トッピングを贅沢に乗せれば一杯1500円を超えることも日常茶飯事だ。
「高級化」するフォーに対して、地元住民からは冷ややかな声も漏れる。「フォーは朝の慌ただしい時間に、サンダル履きでサッとすすり込む労働者の燃料だったはずだ」と。資本力のある大手チェーンが台頭する一方で、昔ながらの路地裏の個人店が家賃高騰で立ち退きを迫られる光景も増えた。手軽な日常食としてのアイデンティティをどう守るのか、ソウルフードはいま岐路に立たされている。
朝露の街角でライムを絞る。私たちが最後に行き着く、あのスープの余韻
それでもなお、ハノイの朝の空気の中でドンブリを抱え込む瞬間、すべての理屈は吹き飛んでしまう。
卓上の小皿に盛られた緑色の小さなライムをふたつ手に取り、爪で皮を傷つけるようにして果汁を熱いスープに落とす。ほんの数滴の酸味が加わった瞬間、牛脂の重みがふっと消え去り、澄んだ出汁の輪郭が驚くほど鮮明に立ち上がってくる。生の唐辛子のかけらをひとかけ浮かべれば、喉を通るたびに鋭い刺激が目を覚まさせる。
バイクのけたたましいクラクション、道端で新聞を広げる老人、湯気の向こうでせわしなく動き続けるおばちゃんの腕。フォーをすするという行為は、単に栄養を摂取することではなく、ベトナムという国の脈打つ呼吸そのものを身体に取り込むことなのだ。ドンブリの底に残った最後のスープを飲み干したとき、私たちはまた、この混沌と情熱の街へと引き戻される予感を抱かずにはいられない。 (出典: ベトナム フォー(Yahoo!ニュース))